INTRODUCTION

セックス・ピストルズやクラッシュ、ローリング・ストーンズ、グラストンベリー・フェスティバルなど、名作音楽ドキュメンタリーでイギリスのロック・シーンを興味深い独自のアングルから描き続けてきた英国人監督ジュリアン・テンプル。彼の待望の新作が『ドクター・フィールグッド −オイル・シティ・コンフィデンシャル−』だ。テーマは70年代のイギリスのロック・シーンを大きく変えたとされる伝説のバンド、ドクター・フィールグッド。
「プロデューサーにドクター・フィールグッドの映画を作らないかと声をかけられたとき、懐かしいな、そういえばいいバンドだな。でもロック史から消されてしまい正当な評価をうけてないな、と感じたんだ。パンクが出てくる以前の70年代のイギリスのロック・シーンにおいて彼らは最も重要なバンドだったと思う。当時彼らのライヴを観た感動が心に甦ってきたんだ」とテンプル監督。

ロック・バンドのドキュメンタリーというのは数え切れないほどあるが、本作がそれらと決定的に違っていて面白いのは、ドクター・フィールグッドというバンドの誕生の背景となった出身地、ロンドン東郊外にあるエセックス州はキャンヴェイ・アイランドというアングルからこのバンドの伝説に光を当てている点だ。ここはロンドンの下町(イーストエンド)の労働者の人口過密化を解決するために生まれたロンドン近郊のサテライト・タウンの一つ。小さな集団住宅とパブや遊園地が、テームズ川河口三角州地帯に広がっている。それだけではイギリスのどこにでもある町なのだが、この町を特別なものにしているのが隣にそびえたつ巨大なオイル・タンク。人々はそれを背景に、まるでそれが存在しないかのように普通の生活を送っているのだ(というように映る)。

「夜中にオイル・タンクの近くへ行って、タンクにドクター・フィールグッドのイメージを映してそこでインタビューする。ワーッて思ったね。キャンヴェイ・アイランドで生まれ育ったら、オイル・タンクの存在にはなじみがある。でも誰も近くに行ったことなんてないんだ。だからあそこへ行く、ということ自体が事件だったんだよ。それも夜中に行く!さらに自分とリーの30年前のパフォーマンスが観られるんだ。フリーキーだったよ。ジュリアン・テンプルはアイディア満載のクレイジーな男だよ」と、本作のスターであるウィルコ・ジョンソンは熱く語っている。またこのテームズ川河口をミック・ジャガーが、R&Bの発祥地に関連付けて、テームズ・デルタと表現したというエピソードも出てくるが、キャンヴェイ・アイランドの反対側でテームズ川南側を30キロほど遡った所にストーンズの発祥地ダートフォードもある。

映画は71年のバンドの誕生からの足跡を年代的に追い、ウィルコが脱退した77年でほぼ幕を閉じる。現在もドクター・フィールグッドというバンドは新メンバーで続いているが、ドクター・フィールグッドがドクター・フィールグッドであるべき意味をもったこの黄金時代だけに光を当てたのは、まさに大正解である。構成は時の流れにそって彼らの足跡を追う一直線のタイムラインになっていて分かりやすい。彼らが活動していた70年代は、音楽ビデオもなかった時代なので、バンドのライヴ・フッテージやプロモ・ビデオというのはほとんど残っていないが、貴重なスナップ写真や、8ミリや、当時のニュース・リールや地図やふざけたビール・ジョッキや白黒イギリス映画の1コマなどをふんだんに盛り込んだ手法は、観る者を200%楽しませてくれる。バンドの核心にふれた、バンドの走り抜けた旅に同乗したような興奮や涙や淋しさや笑いを体験させてくれるのだ。よくバンドのメンバーがスタジオのコントロール・ルームの椅子に座って過去を語る形式のロック・ドキュメンタリーがあるが、それらが何と陳腐に思えることだろう!
またここで紐解かれる様々な事実にも驚かされる。南アフリカで生まれたヴォーカリストのリー・ブリロー(本名リー・コリンソン)は幼少時代ズールー語を話した!とか、バンドが10代でプロとしてかなりのお小遣いを稼いでいたとか、4人のメンバーのうち3人がジョンという名前だったとか。また70年代初期のしなびたイギリスのパブ・シーンの様子(有名なホープ&アンカーなども登場)や、当時のテレビ音楽番組などには目を見張る。そして当時の男子のマッチョなメンタリティーなどにも触れ、40年前とは驚くほど昔だったと痛感するのだ。しかし本作で最高に好奇心を掻き立てられるのは、狂気の目をしたギタリストとして知られるウィルコ・ジョンソン(本名ジョン・ウィルキンソン)の波乱万丈な人生。ギターとの出会いから、結婚、英文学を専攻した大学時代、ヒッピーとしてユーラシアを横断しヒマラヤやインドへ行ったという大冒険旅行。また画家をめざしたり、帰国後学校の英語教師時代の抱腹絶倒のエピソード。また当時のイギリスを知らない人(多分それはほとんどの人だろうが)にも分かりやすく、ニュース・クリップを挿入して社会的背景を説明してくれているのも親切だ。これはバンドや音楽の解説文ではないので、音楽的な詳細には触れないが、70年代イギリス・ロックの知識がなくてもロック・ファンでなくとも見ごたえたっぷり、多くの人に楽しんでもらえる1本だ。
さてジュリアン・テンプル監督はセックス・ピストルズ、ジョー・ストラマー、そして今回のドクター・フィールグッドをテーマにすることで、70年代ロック・シーンを遡りしている。これは意図的ではなかったと本人は言っているが、彼は70年代英国ロック・トリロジーを完成させたことになる。貴重なロックの映像史である。

─高野裕子 Yuko Takano 9 February 2011